タスマニア騎行            

                 髙木八太郎(元朝日新聞編集委員)

 

 やっと、タスマニアに行ってきた。

 もっと若かったころ、西オーストラリアのフリマントルに、船で寄ったことがある。自由な一週間があった。パースの町、ヤンチェップ公園、海岸などを歩いた。鉱山のあるカルガリーまで行ってみようと車を走らせたが、あまりの広さと単調さにあきれて、途中のサザンクロスから引き返した。

 きれいな国だ。しかしなんとまあ大味な風景か-というのが、オーストラリアについての印象であった。その時、南東にあるタスマニアという島が、変化に富み、おもしろい所だと聞いた。行ってみたいと思った。それから30年が流れ、この二月のFRCの旅で願いがかなった。

 

 世界遺産に登録されているクレイドルマウンテンが見える高地で馬に乗った。

 標高400メートルの地点から、ブッシュを突っ切り林道をたどって、860メートルのボラデイル高原へと登った。もちろん騎馬である。

 先導するのは、マウンテンキャトルマン(高地牧畜業者)の六代目にして歴史学者サイモン・キュービット氏と、耐久レース元ナショナルチャンピオンのデニス・フォレイ氏である。

 デニスが私に貸してくれたアラブ系4歳の牝馬トパーズは、活発ないい馬だ。こちらの脚には、スポーツカーのアクセルのように反応する。初めはちょっと鋭敏すぎると感じたが、30分もたつと、気心が通じ合ったようだった。手綱のわずかなコンタクトでいうことをきく。とくに、なめらかなキャンターがすばらしかった。

 ボラデイルはユーカリの原生林にかこまれた高層湿原で、すみに牧童小屋があった。南半球の真夏の青空のもと、ユーカリの森を背にぽつんとある小屋を見たとたん、デジャビュ(既視感)のようなものに襲われ、思わず手綱を控えて馬とともに立ちすくんだ。原因はすぐわかった。学生のとき、わが家のように使っていた乗鞍岳中腹にある高原の山小屋にそっくりなのだ。銀鞍荘というその小屋を、われわれはVSAの愛称で呼んでいた。

 「館 鞍 銀」を意味するラテン語、Villa Sellae Argentiの頭文字である。

 ユーカリと白樺の違いはあるが、木立の風情にあい通ずるものがある。小屋は、屋根の傾斜から暖炉のエントツ、白っぽく風化した板壁やトタンの赤さびまで同じだ。放牧されている牛が食うため、草の丈が低いところまで似ている。

 それと涼しいそよ風が、40年前の夢のような日々の感覚を呼び起こした。ただボラデイルの広がりは乗鞍の草原の何十倍かありそうだったし、小屋のほかには、人間の手を感じさせるものは何もなかった。この地、タスマニアは、大陸の雄大さと島国の繊細さとをあわせもっている。

 既視感、思いで、異国の清潔な自然への感動、いろいろなものが交錯し、終点なのに馬を降りるのも忘れてながめていた。トパーズが草を食いはじめ、手綱をぐいと引かれてわれに返った。

 

 翌日、ボラデイル高原からふもとのロッジに戻る途中、運転手のジョンがふと林道のはじに車を止めた。そばに乗っていた若い女性レリアと、ひとことふたこと話した。彼女はうなづき、さっと立って軽やかにぴょんと降りた。

 六つのときから十六歳まで、ヨットの上で育ったそうだ。その集中力と身のこなしは見とれるほどだ。両親は、ヨットで世界を放浪して本を書くフランスの貴族的ボートピープルである。沖縄にいたことがあって日本語を話す。サイモンの手伝いとして同行していた。

 タイヤのぐあいでもおかしいのかと思ったが、一分後、レリアは古いビールびんを手にもどってきた。それだけのことだった。いつだれが捨てたとも知れぬびんを目ざとく見つけて、さりげなく回収したのだ。

 

 車の揺れにうとうとしながら、頭の中でまた、タスマニアの高地と乗鞍の風景が重なった。そして、「当分の間、日本人は、ここにあまり来ない方がいいな」と勝手なことを考えた。

 われわれがほとんど独占していたころの、乗鞍のVSA周辺は美しかった。しかし近くの道路が山頂に通じ、ゴミや吸い殻をぼろぼろ落とす男女が出没するようになると、山はみるみる荒れていった。私も若くて傲慢だったから、彼らを「破れたゴミ袋」と憎み軽蔑した。今では、自分も生きている限り、自然にとってはゴミ袋だと思うようになっている。

でも、穴はあいていないつもりだ。

 

FRC会報誌 Freedom Riders Vol.2 1996年春号 に掲載

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